動けない理由を「覚悟」に求めてしまう
動けない状態が続くと、
多くの人が行き着く説明がある。
「覚悟が足りないからだ」
• 本気になれていない
• まだ腹を括れていない
• どこか逃げている
こうした言葉は、
一見すると筋が通っている。
だが、
本当にそうだろうか。
覚悟が足りない人は、ここまで考えない
まず、
一つ確認しておきたい。
本当に覚悟が足りない人は、
ここまで動けない状態に悩まない。
• 深く考えない
• 影響範囲を見ない
• 責任を引き受けない
そのため、
「動けない」という地点まで
思考が進まない。
「覚悟不足」は、便利な説明になる
動けない理由を
覚悟不足と説明すると、
• 分かりやすい
• 他人に説明しやすい
• 自分にも納得感がある
という利点がある。
だが、
分かりやすさと正確さは
別だ。
覚悟とは、本来「動く前提」で使われる言葉
覚悟という言葉は、
• 危険を承知で進む
• 困難を引き受ける
といった、
行動が前提の概念だ。
ところが、
判断不能の状態では、
• 進む方向が定まらない
• 捨てるものが決まらない
ため、覚悟を適用する土台が存在しない。
覚悟が使われる前に、判断が止まっている
動けない状態では、
• 何を引き受けるのか
• 何を捨てるのか
が決まっていない。
つまり、
覚悟を使う以前に、
判断の前提が崩れている。
この段階で
覚悟を要求するのは、
順序が逆だ。
なぜ「覚悟が足りない」と感じてしまうのか
それでも人は、
覚悟不足だと感じる。
理由は一つ。
「 動けない。 でも、理由を説明できない」
この空白を、
最も分かりやすい言葉で
埋めてしまうからだ。
真面目な人ほど、覚悟論に引き寄せられる
真面目な人ほど、
• 原因を自分に求める
• 他人や状況のせいにしない
そのため、
自分の覚悟が足りない
という説明に
自然とたどり着く。
これは、
誠実さの結果だ。
覚悟を強めても、判断は生まれない
ここで、
はっきりさせておく。
• 覚悟を強めても
• 気合を入れても
判断不能は解消しない。
なぜなら、
• 覚悟は判断の材料ではない
• 判断が成立して初めて、覚悟が意味を持つ
からだ。
覚悟論は、自己否定を強化する
覚悟不足という説明を採用すると、
• もっと頑張らなければ
• 自分は甘い
• 自分は弱い
という自己否定が始まる。
だが、
状況は変わらない。
消耗だけが増える。
動けないのは、覚悟が足りないからではない
ここまで整理すると、
結論は明確だ。
動けないのは、
覚悟が足りないからではない。
• 判断の前提が崩れ
• 二択が成立せず
• 責任が重くなりすぎた
その結果、
動けない状態が
合理的に生まれている。
覚悟を疑う前に、構造を見る
必要なのは、
• 覚悟を鍛えること
• 気合を入れること
ではない。
必要なのは、
なぜ覚悟を使う局面に
立てていないのか
を見ることだ。
最後に
「覚悟が足りないから動けない」
この言葉は、
厳しくも聞こえる。
だが、
多くの場合、
正確ではない。
正しく考え続けた結果、
覚悟を使う前段階で
判断が止まっている
それが実態だ。
ここから先に必要なのは、
覚悟を足すことではない。
この状態を、どう扱うか
という視点だ。

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