行き詰まると、まず「自分のせい」にする
何かが進まなくなったとき、
多くの人が最初に行き着く説明がある。
「自己責任だ」
• 努力が足りなかった
• 判断が甘かった
• 覚悟が足りなかった
この説明は、
非常に強力だ。
なぜなら、
一瞬で原因が確定するからだ。
自己責任論は、分かりやすくて使いやすい
自己責任論には、
次のような特徴がある。
• 原因が明確
• 他人や環境を考えなくて済む
• 自分の努力で解決できそうに見える
だからこそ、
真面目な人ほど
この説明を選びやすい。
だが、説明できない行き詰まりがある
ここで、
一つ立ち止まりたい。
世の中には、
• 努力しても
• 真剣に考えても
• 誠実に行動しても
なお、進まなくなる行き詰まり
が存在する。
それを、
すべて自己責任で説明しようとすると、
無理が生じる。
行き詰まりには「種類」がある
行き詰まりを、
一括りにしてはいけない。
少なくとも、
• 努力不足による行き詰まり
• 判断ミスによる行き詰まり
とは別に、
• 正しく考え続けた結果として生まれる行き詰まり
が存在する。
これを区別しないと、
説明は必ず歪む。
正しく考えた結果、前に進めなくなることがある
判断不能に陥る人の多くは、
• 情報を集め
• リスクを見積もり
• 周囲への影響を考え
軽率な決断を避けてきた。
その結果、
• どの選択肢も完全ではない
• 捨てられる選択肢がない
という地点に到達する。
これは、
怠慢の結果ではない。
自己責任論は「構造」を消してしまう
自己責任論を使うと、
• 状況
• 条件
• 思考の前提
といった要素が、
一気に見えなくなる。
残るのは、
自分が悪い
という結論だけだ。
これは、
理解を深めるための説明ではない。
真面目な人ほど、自己責任論を内面化する
真面目な人ほど、
• 言い訳をしない
• 他人のせいにしない
• 自分で引き受ける
そのため、
これは自分の責任だ
という説明を
疑わずに採用する。
だが、
誠実さと説明の正確さは別だ。
自己責任論では、解決策も単純化される
自己責任論に立つと、
• もっと頑張れ
• 覚悟を決めろ
• 自分を変えろ
という解決策しか残らない。
だが、
その処方で
何も変わらなかったから、
今ここにいる。
行き詰まりは「個人」ではなく「関係」で生まれる
判断不能の多くは、
個人の能力ではなく個人と状況の関係
から生まれる。
• 背負う責任の重さ
• 選択の影響範囲
• 失敗のコスト
これらが変われば、
同じ人でも
判断は変わる。
自己責任論は、最終的に自己否定になる
自己責任論を使い続けると、
• 自分はダメだ
• 自分には何か欠けている
という自己評価に
行き着きやすい。
だが、
それは事実ではない。
説明が間違っているだけだ。
説明を変えると、扱い方が変わる
行き詰まりを、
自己責任ではなく、構造的な状態
として捉え直すと、
• 責める対象が変わる
• 見るポイントが変わる
• 扱い方が変わる
これは、
逃げではない。
理解の精度を上げる行為だ。
最後に
自己責任論では、
説明できない行き詰まりがある。
それは、
• 正しく考え
• 誠実に生き
• 人生を雑に扱わなかった
人ほど、
出会いやすい行き詰まりだ。
自分を責める前に、
その行き詰まりが
どの種類のものなのか
一度、見直してみていい。
そこから、
ようやく次の問いが始まる。
「この状態を、どう扱うか」
という問いだ。

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